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他人の服装なんか放っとけ、SNSに湧く服装警察ならぬ「正義マン」

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最近のインスタグラムはいろんなバイク関連の投稿やいろんな楽しみ方の発信があって、タイムライン眺めているだけでも楽しいんだけど、一つだけ残念なことがある。

それは、他人の服装に苦言を呈するコメントを投稿するのが必ずいること。

例えば、夏場にゆっくりとバイクで流しているリール(ショート動画)に、

Tシャツ(で乗るの)はあぶないよ

とか

気持ちよさそうですね、でも装備にはもっと気を遣ったほうがいいですよ

みたいなコメント。

あるときは、若い女性が止まっているバイクにTシャツ、ホットパンツでポーズを取っているだけなのに、

○○ちゃん、相変わらずスタイルGoodで眩しいデスネ!!
でも乗るときはライジャケ、プロテクタでその美脚を守ってネ!

…オッサンの自分から見ても破壊力抜群なドン引きコメント。

なぜかバイクのことになると「上からオジサン」が湧いて出てくるのはなぜなのか。

他人の服装なんて放っておけばいいのに

僕のスタンスは「他人の服装は放っておけ」だ。

他人がどんな服装で乗ろうが知ったこっちゃない。

大人が、自らその服装を選び、自ら購入したオートバイに乗るのだから、それはもう自己責任だ。

そのあたりの個人的な見解は、以前の記事にも書いた。

バイクの服装警察がうっとうしい
新型コロナでソロキャンプが流行ったこともあって、今はちょっとしたバイクブームだ。1980年代後半~1990年前半にかけてのバイクブームほどではないが、若者がバイクに回帰してきたのは素直に喜ばしい。以前は高速のSA/PAや道の駅に止まっている...

僕は、他人がTシャツ・短パンでバイクに乗ろうがツーリングに行こうが、本人がそれを選んだのなら何も言わないしコメントもしない。そう決めている。

内心では「アホちゃうか」と思うときがあるかもしれないが、それをわざわざ口に出して忠告したり、SNSでコメントすることはない。

バイクは自己表現の乗り物で楽しみ方は人それぞれ、法に触れていなければ他人が何をしようが知ったことでは無い。

おせっかいな正義、正義の押し売り

しかし世の中には、「注意してあげることが親切である」「気づいて忠告している自分が正しい」と信じて疑わない正義マンに溢れている。

インスタで余計なコメントをしている人の多くは「~してあげている」ことに酔っている正義マンだ。

特に投稿者が、初心者だとその傾向は顕著である。

免許取って初めて納車されたバイクが嬉しくて投稿したのに、

さすがにバイクにスニーカーはあり得ないでしょ

とかね。

初めての納車を投稿してこんなこと言われるたら凹むよね。

たまに投稿者が「そんなに言わなくてもいいのに」と反論なんかすれば

批判コメントが怖いならSNSなんかに上げるな

とか言われるし。

SNSに必ずいる「~が嫌なら~するな」厨

こういうコメントする人は「初心者に危険を教えて”あげて”るのだ」という歪んだ正義感に駆られている。

バイクに限らず、しょうもない批判コメントをつけてる人は、自分は正しいことを教えている、自分のやっていることは正義なのだ、という歪んだ正義感に駆られている。

しかしそれは、ただの正義の押し付けに過ぎない。

余計なお節介であることに気づいていない。

他人が軽装でバイクに乗ることがそんなに許せないものなのか?

例えば、最近SNSですぐに炎上する「旧車會」のミーティング動画がある。

暴走族風な、下品な改造を施した車両でアクセル煽りながら運転したり、駐車場でアクセルコールを競ったりと迷惑甚だしい動画だ。

明らかに違法改造だし、騒音規制も上回っているのだから、こういう投稿が批判されるのは理解できる。

なぜならそれは違法だからだ。

しかし、夏場にTシャツでバイクに乗るのは違法でも何でもない。

安全を考えれば確かに脆弱だが、法を犯していなければ他人がとやかく言うべきものではない。

そもそも、安全に対する考え方は人によって大きく異なる。

安全サイドに振ってる人は、どんなにチョイ乗りでもライディングジャケット、ライディングパンツ、ブーツに胸部プロテクタは必須!だろうし、片や、のんびりツーリングなら長袖にジーンズぐらいで大丈夫、という人もいる。

つまり、バイクに乗る目的(ツーリングなのか峠に走りにいくのか)、自分の技量、気候などを加味して、自身でリスクをとって判断していることに、他人がとやかく言うべきではない。

よく、

軽装で事故を起こしたら、グチャグチャの傷を手当てする救急隊員の身にもなってみろ

という人がいるが、それも無理筋な批判だ。

彼らは救急という社会サービス業に従事している以上、凄惨な事故現場から避けられない。

知り合いの救急救命士が言うには、ヘルメットや頑丈なライディングジャケットを着用していても当たり所が悪ければ容態は悲惨らしい。

仮に全てのライダーの服装が厳格化されたとしても、救急隊員からすればスクーターを取り締まらない限り悲惨な現場は減らない、と言っていた。(原付二種問題はまた別の機会に論じたい)

バイクは自己表現の一手段に過ぎない

このサイトでは何度も言っているが、バイクは自己表現の一手段に過ぎない。

バイクにただ乗るのが好きな人、ツーリングが好きな人、キャンプツーリングが好きな人、スーパースポーツが好きな人、クルーザーが好きな人、オフロードが好きな人、乗るよりもレストアするのが好きな人、乗るよりもバイクを撮影するのが好きな人、など、バイクの楽しみ方は千差万別である。

最近はファッションを組み合わせたバイクを楽しむ人が増えている感じだ。

バイクライフに合わせた好きな服装で、バイクとコーディネートするのはSNSと相性がいい。

自分のバイクスタイルをSNSに上げて、”共感する人と繋がりたい”と思うのは今の時代ごく普通なことだ。

しかし、かつての古い価値観が染みついているオジサンは、”映え”を重視して安全性を欠いた行動に苦言を呈さずにはいられない。

まるでゴルフ場で一緒にプレーする若手にあれこれウンチク垂れる上司と同じだ。

本人は親切で忠告しているつもりなのだろうが、それも度を過ぎれば老害になる。

インスタグラムなんて、自己満足の世界だ。

投稿する人は共感が欲しいのだから、それに水を差すような「苦言」は言わなくてもいいのだ。

ましてや女の子の投稿にオジサン構文でのネッチョリ苦言は、世代を超えて気持ち悪い。

「他人のふり見て我がふり直せ」

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