昨年、東名高速道路で起きた、いわゆる「煽り運転」によって夫婦が死亡した事件は記憶に新しいと思います。
ニュース報道やワイドショーなどでも連日大きく取り上げられたのは、事件の重大さもありますが、うっかり他人の怒りを買ってしまって煽られてしまうことが、ドライバーなら誰にでも起こりうることだからでしょう。
しかし、事件があれだけ大きく取り上げられたにも関わらず今も煽り運転による重大事故が減らないことから、警察庁は道路交通法だけでなく、刑法の暴行罪やあらゆる法令を駆使して捜査を徹底するように、全国の警察に通達を出しました。
「あおり運転」などの悪質、危険な運転を抑止するため警察庁は16日、全国の警察に対し、厳正な捜査の徹底と積極的な免許停止の行政処分の実施を求める通達を出した。神奈川県の東名高速道路で昨年6月、あおり運転が原因で夫婦が死亡する事故があり、社会問題となっている。
引用:http://www.sankei.com/affairs/news/180116/afr1801160062-n1.html
今回は、この警察報道について解説します。
あおり運転とは
あおり運転とは道路交通法第26条(車間距離の保持)で規制されています。
第二六条 車両等は、同一の進路を進行している他の車両等の直後を進行するときは、その直前の車両等が急に停止したときにおいてもこれに追突するのを避けることができるため必要な距離を、これから保たなければならない。(罰則 第百十九条第一項第一号の四、第百二十条第一項第二号)
引用:http://elaws.e-gov.go.jp/
具体的な車間距離は道交法では定義されていません。
確かに「追突するのを避けることができるため必要な距離」は、道路状況、路面状況、自動車の性能によってまちまちなので、法律で定義するのは大変です。
そのため、実際には現場警察官の裁量によって運用されているのが実情ですが、高速道路や郊外の60km道路などでは車一台分(約5m)より短い距離で追走すると「追突するのを避けることができるため必要な距離」を確保していないと判断されるようです。
あおり運転の罰則
罰則は同法の第121条で規定されています。
第一一九条 次の各号のいずれかに該当する者は、三月以下の懲役又は五万円以下の罰金に処する。
(略)
一の四 第二十六条(車間距離の保持)の規定の違反となるような行為(高速自動車国道等におけるものに限る。)をした者
引用:http://elaws.e-gov.go.jp/
第119条は高速道路での罰則で、一般道の罰則は下の第120条の2項で規定されています。
第一二〇条 次の各号のいずれかに該当する者は、五万円以下の罰金に処する。
(略)
二 (略)、第二十六条(車間距離の保持)、(略)
引用:http://elaws.e-gov.go.jp/
高速道路での煽り運転のほうが懲役刑になる可能性がある分、罪が重いんですね。
ただ実際には、この車間距離の不保持は交通反則通告制度の対象になっており、道路交通法施行令の別表第6で反則金の金額、別表第2で違反点数が規定されています。
反則金:9,000円(普通) 違反点数:2点
・一般道での車間距離の不保持
反則金:6,000円(普通) 違反点数:1点
今回の通達の意味
上の解説を見ておわかりだと思いますが、あおり運転は重大な事故を引き起こす可能性があるにも関わらず罰則が軽微なんですね。
道交法上は、踏切停止違反や携帯電話使用等(交通の危険)と同じなんです。
これではいくら取締りを受けたところで、また頭に血が登ったらやらかすことでしょう。
現に東名高速での死亡事故の後も、あおり運転による事故やドライブレコーダーによる証拠動画がYoutubeにたくさんアップされているのはその証左です。
警察の対応
あおり運転は以前からありましたが、それを実際に罪に問うには客観的な証拠が必要だったため、今までは警察官が現認しない限りは罪に問えませんでした。
しかし最近ではドライブレコーダーが普及して、あおり運転の事実を動画で記録できるようになったので、今まで泣き寝入りするしかなかったあおり運転の実態が世間に広く認知されるようになりました。
あおり運転をする輩が非難されるのは当然ですが、一方では「こんなことを放置するなんて警察は何をやってるんだ」とか「一時停止を隠れて見張っているくせに、これはスルーなのか?」といった批判も多く、警察としても見過ごすわけにはいかなかったのだと思います。
通常は厳罰化するには法律の改正が必要ですが、今回は現行法の運用の中で厳罰化すべく通達が出されています。
あおり運転は暴行罪に問える
運転中のスマホ利用の厳罰化法案は今月下旬招集の通常国会に提出されますが、あおり運転の厳罰化は現行法の運用で対応するようです。
警察庁からの通達では、故意に他人の車に接近するなど、相手の運転者に対して有形力行使と認められる場合は暴行罪の適用も見据えた取締りの推進を求めています。
実際、過去には執拗なあおり運転が有形力行使と認められ、「暴行罪に当たると解するのが相当である」という高裁判決も出ています。
<刑法>
第208条(暴行)
暴行を加えた者が人を傷害するに至らなかったときは、2年以下の懲役若しくは30万円以下の罰金又は拘留若しくは科料に処する。
相手が実際に怪我をしなくても、五感(目、耳、鼻、舌、皮膚)に作用して不快ないし苦痛を与えれば暴行罪に問えます。
よく「相手に手を出さなければ暴行にならない」と思っている人がいますが、刑法の条文を読むとわかるように、怪我(傷害)を負わなくても不快ないしは苦痛があれば暴行罪の要件を満たします。
傷害を負わなければ暴行罪、傷害を負えば傷害罪になります。
つまり悪質なあおり運転は暴行罪で立件できるんですね。
危険性帯有者とは
道路交通法の第103条では、病気の影響や薬物の影響によって著しく交通の危険を生じさせる者を危険性帯有者として、免許の停止・取消しができると規定しています。
ちょっと長いですが道交法103条を引用します。
(免許の取消し、停止等)
第百三条 免許(仮免許を除く。以下第百六条までにおいて同じ。)を受けた者が次の各号のいずれかに該当することとなつたときは、その者が当該各号のいずれかに該当することとなつた時におけるその者の住所地を管轄する公安委員会は、政令で定める基準に従い、その者の免許を取り消し、又は六月を超えない範囲内で期間を定めて免許の効力を停止することができる。ただし、第五号に該当する者が前条の規定の適用を受ける者であるときは、当該処分は、その者が同条に規定する講習を受けないで同条の期間を経過した後でなければ、することができない。
一 次に掲げる病気にかかつている者であることが判明したとき。
イ 幻覚の症状を伴う精神病であつて政令で定めるもの
ロ 発作により意識障害又は運動障害をもたらす病気であつて政令で定めるもの
ハ イ及びロに掲げるもののほか、自動車等の安全な運転に支障を及ぼすおそれがある病気として政令で定めるもの
一の二 認知症であることが判明したとき。
二 目が見えないことその他自動車等の安全な運転に支障を及ぼすおそれがある身体の障害として政令で定めるものが生じている者であることが判明したとき。
三 アルコール、麻薬、大麻、あへん又は覚せい剤の中毒者であることが判明したとき。
四 第六項の規定による命令に違反したとき。
五 自動車等の運転に関しこの法律若しくはこの法律に基づく命令の規定又はこの法律の規定に基づく処分に違反したとき(次項第一号から第四号までのいずれかに該当する場合を除く。)。
六 重大違反唆し等をしたとき。
七 道路外致死傷をしたとき(次項第五号に該当する場合を除く。)。
八 前各号に掲げるもののほか、免許を受けた者が自動車等を運転することが著しく道路における交通の危険を生じさせるおそれがあるとき。
引用:http://elaws.e-gov.go.jp/
煽り運転などの危険な行為をする人は、この第103条の8項に該当します。
警察庁は、煽り運転、蛇行運転、幅寄せ、急な割り込みなどの危険な運転や、これらの運転から脅迫、暴行、器物損壊に至った場合は、点数制度によらず危険性帯有者として処分することを都道府県警に通達しています。
「車をぶつけなければ罪に問われない」「怒鳴ろうが暴言を吐こうが相手に手を出さなければ罪にならない」と思っている輩が多いのですが、実際に暴行に及ばなくても煽り運転の事実や恫喝などの行為があれば、違反累積点が無くても一発で免停にすることができることになります。
過去に、小学生の通学路を暴走して子供たちが驚く動画をインターネットに公開した少年2人が、今後も交通の危険を生じる可能性が高い「危険性帯有者」と判断して180日の免許停止処分を科せられたことがあります。
まとめ
・法改正ではなく、現行法の運用で対応する
・過去にはあおり運転で暴行罪が認められた高裁判例がある
「道路交通法だけでなく、刑法の暴行罪やあらゆる法令を駆使して捜査を徹底するように、全国の警察に通達を出した」と、「あらゆる法令を駆使して」という異例の表現に、警察の強い危機感が現れているように感じます。
東名高速の事件からドライブレコーダーが急速に売れているそうで、カー用品店でも例年の1.5倍ほどの売れ行きなのだそうです。
この厳罰化の流れで、ドライブレコーダーの映像は大きな証拠となりますので、これを機にドライブレコーダーの導入をオススメします。
また、以前書いた以下の記事もあおり運転には有効です。参考までにどうぞ。
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